学区の特徴
杷厨小学校は天白市の北部に位置する、杷厨町植田地区にあります。東側を日光川が、西側を善太川に囲まれており、逆三角形の形をした学区です。
学区の南端には研究開発型企業のための企業団地として開設された、「テクノセンターあいせい」があり、北部には神明神社の門前町が隣接しています。杷厨小学区は伝統と先端技術が共存するまちと言えます。
テクノセンターあいせい
愛知西部連合開発事業団が事業主体となり、研究開発型企業のための企業団地として開発された、ハイテク産業向けの産業団地です。
中核施設として、愛知県産業高度化支援研究センターがあり公設試験研究機関や産業支援を行うほか、インキュベーション施設なども整備されており、多くのスタートアップ企業が集まっています。
情報システム業やハイテク製造業などのほか、高速道路を利用すれば、約30分で名古屋空港飛行研究拠点へとアクセスできることから、近年は航空宇宙産業のソフトウェア部門の出張研究拠点としての利用も盛んです。
神明神社
天正3年(1575年)、長嶋の一向一揆により壊滅した現在の弥富市周辺の再建に際し、百姓らを集めて入植した服部正友らが創建しました。祭神は市杵島姫命で、京都の松尾大社より勧請したと言われていますが、松尾大社では中津島姫命の別名で祀られていることから、異なる由来が指摘されています。
建物は尾張づくりと称される本殿、祭文殿、拝殿を回廊でつないだ左右対称の建築様式で作られています。建物のうち、祭文殿と拝殿は建築当時のまま保たれており、愛知県指定有形文化財に指定されています。なお、本殿と回廊は昭和19年3月に火災により焼失しています。
昭和19年(1944年)3月11日の深夜に発生した火災で、本堂並びに回廊が焼失しましたが、詳しい火災原因は明らかになっていません。しかしながら、当時火災を目撃した住民から「光が空から落ちてきた」との証言があり、翌12日の午前0時ごろに発生した、名古屋市港区の愛知航空永徳工場一体の空襲と重なり、さらに当時のB29の飛行ルートである、志摩半島を北上し、西側から名古屋市内へと侵入するコースと重なることから、射撃点検時の曳光弾から着火したものと考えられています。